はじめての石見神楽体験

 
 
狭い神社で肩を寄せ合い観る石見神楽には独特の雰囲気がある。
地元の人たちにとって特別な奉納神楽を観るために、
島根県大田市・温泉津(ゆのつ)温泉にある、龍御前神社(たつのごぜんじんじゃ)を訪れた。 
 
 雨の降りしきる温泉津の温泉街に小さな明かりが灯り始め、19時頃になると浴衣を着た宿泊客や地元の家族連れが龍御前神社に集まり始めた。
 島根県にある約250の神楽団のうち、約150が石見神楽だ。毎週末の夜、さまざまな会場で公演が行われている。とくに、毎年開催される秋祭りの奉納神楽は、神様にその町の豊作や豊漁を感謝して舞う、地元の人たちにとって大切なもの。地域によっては夜通し神楽が行われ、子どもも大人も、明け方まで毛布にくるまり観続けるという。神楽団はこの日のために練習を積み重ねているのだ。
 今回観に行ったのは、龍御前神社の秋祭り。地元の神楽団、温泉津舞子連中(ゆのつまいこれんちゅう)による奉納神楽だ。基本的に奉納神楽の観覧は無料だが、「御花(おんはな)」と言って気持ちを包んだ数千円のお金を渡す任意の作法がある。開始時間が近づくと、客席はほぼ満席になっていた。知らない人同士自然に会話が生まれる。最初は神様を招く儀式舞の演目「塩祓(しおはらい)」。手拍子と呼ばれる金属製の打楽器の音と太鼓が鳴り、笛の音が聞こえ始めたところで、出幕から小学生の舞子さんが2人現れた。古事記や日本書紀が元になった話も多い神楽だが、「知識がないと楽しめないのでは」という心配は無用。とくに石見神楽は演劇性が高く勧善懲悪の物語が中心なので、初心者でもわかりやすく見ていて飽きない。また、観客を巻き込んでの演目もある。
「龍神(りゅうじん)」という温泉津舞子連中の創作神楽では、演目の途中で怖い形相の面をつけた龍神が会場を見渡す。目星をつけた子どもを容赦なく抱きかかえ、舞台に上げて振り回すのだ。もちろん、子どもは大泣き。子どもにとっては迷惑な話だが、会場はほっこり温かくなり、客席に戻った子どもは意外にもケロッと次の演目に夢中になっている。全体を俯瞰できる後ろの席にいれば、こういうハプニングも撮り逃さずにすむ。衣裳や面も注目ポイントだ。神楽団ごとに違う多種多様な面、金糸・銀糸をふんだんに使用した衣裳は豪華絢爛で、見ているだけで楽しい。この重たい衣裳を着てテンポの速い八調子を舞う姿は、目を逸らさせない迫力がある。最後の演目「大蛇(おろち)」が終わると、大きな拍手と共に、面を取った神楽団のメンバーが再び舞台に現れ、客席に深々と礼をした。
「雨の中、たくさんのお客さんが来てくれて、小さい頃に僕も神楽を観に行っていたことを思い出しました。この町に居続ける理由は、やっぱり神楽があるから。神楽は間違いなく、人と地域を繋ぎとめてくれています」(温泉津舞子連中・小林泰三さん)。
 今号の表紙はお客さんが帰った後に撮らせてもらった写真。3時間以上の長いステージの後にもかかわらず、表情はすがすがしくみんな明るい。石見神楽に誇りを持ち、地元を愛する気持ちが伝わってきた。
 
演目名はめくりで知らされる。記録のために舞台と一緒に写すといい。
 
カグラージョ座談会で登場する窪田真菜さん。恵比須、姫の役を演じた。
 
石見神楽で使われる面は約70種類。石州和紙を貼り重ねてつくられている。
 
子どもたちも器用に自分で衣裳に着替える。
 
恵比須が鯛を釣るシーンではお客さんの登場も。
 
温泉津舞子連中の創作神楽「龍神」。客席に降りてお客さんとハイタッチするかと思えば子どもを怖がらせて泣かせる場面も。
 
地元の人と観光客が肩を寄せ合って観るのが龍御前神社の神楽の特徴。舞台も近く一体感がある。毎週土曜日の夜に定期公演があるので奉納神楽でなくても神社で観られてオススメ。
 
 
photo:Yukikazu Ito
 
 

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